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酒場ノ与太話 Blog

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[日記]好きなことをして生きる

大昔、人間は、女性は果物とか食べれる山菜が実ってないか木の下を見ながらウロウロしていて、男は獲物がいないかウロウロして、狩猟していました。
そこに、好きなことをやって生きるとか、自分の趣味とか、そういうスキはありませんでした。
しかし、徐々に発達してきて、土器や石器が開発され。
人間が出来ることが増えたぶん、人間の向き不向きが発覚してきました。

あら、あなた手先が器用なの、じゃあみんなの土器を作ってよ!
おお、君はとても足が速いね、足の速い獲物もきっと追いかけやすいだろう!
あなたって、いろんなこと、新しいものを発見するのが凄いよね、あなたのぶんのご飯はあの人たちが一緒にとってくるし、村の人のために少しあっちを見に行ってくれる?
君の作る弓で狩りをすると、ぜんぜん狙いがぶれないんだ、みんなのぶんも作ってくれるかい?

向いてるものが、その人の役割になりました。
みんなから頼りにされるので、その人もその役割が大好きになりました。

生きるために、よりよい生活のために。
本当は一人でしなきゃいけない事を、みんなで、得意な人に任せて分担して「仕事」にしていました。


今現在。
人類は、できることがたくさんあります。
その役割も、様々です。
ただ、昔のように、向き不向きでは判定されなくなりました。
そして、「みんなのために」仕事をするわけではなく、「自分のために」するようになりました。
(家族を養うために、という意味はこの場合個人のため、と考えて扱います)
仕事仲間のためにやるわけでもない、そこら道ゆく誰かのためです。
そして、自分のした仕事で喜んでくれる顔を見れる職業なんて、珍しいものです。
(そういうのが、やりがいがある職業、といわれることが多いですが)


私はよく言われます。
「仕事っていうのは、あなたが生きていくために、収入を得るためにしているのよ」
早い話が、割り切れるようにがんばってね、と応援してくださったのです。
でも、疑問も頭のなかにモヤモヤと浮かんできます。
この仕事は、別に私じゃなくてもいい。いや、むしろいたらジャマなんじゃないか。
そう考えてしまうことも、周りはお見通しのようで、上司は「あなたの元気な接客が必要だから」といってくれます。

私が、この仕事をするにあたって、得るものとはなんでしょう。
お金だけ? そんなはずはないのです。
人間関係に慣れるため、社会勉強、精神修行、そして生活に最低限必要なくらいはやっぱり必要なお金のために、と考えましたが、それでも少し納得いかなくて、考えていました。
そして、このビジネスにかかわって、お金というものが社会にまた還元されていくサイクルを担っているんだ、と考えて、少しは溜飲が下がりました。


話題は戻ります。
私はきっと、誰かのために何かをする、というのが好きなようです。
それが私の適正とも言えるんでしょう。
自分の中に色々溜め込まないで、発散している状態のほうが心地よいようです。

でも、向き不向きが分かったからと、職業を新しくできるかといえばそうではありません。
雇ってくれる会社がないと、作れないと、ダメなわけです。
そしてそれに付随してまた問題はたくさんあります。
好きなことだけをやろうなんて、そんなことは無理なわけです。

向いてる役割を任せられて、みんなに頼られることで、その仕事を好きになった。
これは本当に、自分が何をやりたいか、に関してのヒントになると思います。
自分がその仕事を好きになれるか、やりがいはあるか。
やってみなきゃわからない、けど、社会のシステムではそうはいかない、採用したらそのまま続けるしかない、途中でやめればケチがつく。

もっと色々やってみるべきなのかなあ。


長々となってしまいました。
人間って好きなことだけをして生きていくと、必ず周りに負担がかかります。
そして、すきなことも好きじゃなくなっていく。なんのためにやっているのかもマヒしてくる。

人生楽ありゃ苦もあるさ、これって真理だなあ、ということで、この一人の思考日記をしめたいと思います。

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